未来につながる豊かな知識
東北大学環境保全センター
農業と工学が連携した技術開発で
人に優しい化学工学を探究する
渡邉 賢先生
東北大学大学院工学研究科 化学工学専攻
化学工学は効率的な生産工場をつくったり、新しいものづくりの材料をつくったりと様々な活用方法がありますが、すでに私たちの身の回りにあるもの、例えば「農業」にも化学工学の力を活かすことができます。
東北大学がある宮城県を含む東北地方は農業が盛んですが、これまでは農業と化学工学の分野を積極的に連携した技術開発は加工の分野では事例が多くはありませんでした。
そこで農学と工学を繋ぐ【Agro-Engineering(アグロエンジニアリング)】という考えに基づき、研究者や農業・漁業に関わる企業により「一般社団法人アグロエンジニアリング協議会」が2017年に立ち上がり、私はフェロー委員長として参加しました。
私の役割としては、農作物を収穫したときの廃棄物や未利用物を有効利用するような化学工学技術があれば、廃棄処理量を減らせるだけでなく、脱炭素に貢献し社会に役立つ活用ができるかもしれません。
実際に海外では工学の力を活用しトマトをグラスハウスの中で育てることで、畑よりも10倍の収穫量を達成しています。また、食肉加工に応用し廃棄量を減らすことにも成功しています。
もちろん化学工学の力はすでに農作物に応用されており、例えば、超臨界二酸化炭素を使いコーヒーからカフェインを効率よく抽出することができます。皆さんも「デカフェコーヒー」というのを聞いたことがあるでしょうか?化学工学の力を使って、コーヒーに含まれるカフェインだけを取り除いたコーヒーのことです。
生の豆から「超臨界技術」でカフェインのみを取り除こうとするわけですが、実際にはコーヒー本来のうまみや香りなどコーヒーの魅力とされる部分も少なくなってしまうと言われています。私たちはこの技術のさらなる向上を目指して、研究を進めています。超臨界技術とは、気体と液体の中間のような性質をもたせることのできる温度、圧力条件で物質を流体に溶解させたり、分離させたりすることができる技術です。デカフェの場合、豆を水に浸し、水の含む量や温度に気をつけながら超臨界CO₂を使って効率よくカフェインだけを抽出すれば、おいしいカフェインレスのコーヒーができるはずです。
超臨界技術を使うとコーヒーからカフェインを抜く以外にもさまざまなイノベーションを起こすことができます。
例えば、柚子の皮から香りを抽出する従来通りの方法は水蒸気蒸留でしたが、この場合、皮の裏にある中果皮(アルベド)という白い部分を取り除く作業をしなくてはいけません。一方、超臨界CO₂を活用すれば、この処理をせずに香りを抽出することができ、さらに残ったカスもお菓子などに再利用することができますので廃棄もなくなります。超臨界の力を使うと、日本で古くから親しまれている柚子を最大限に活用できるのです。
他にも生活に身近なものに化学や工学の知識を活かすことで、もっと多くのブレイクスルーが起きるかもしれません。例えば、米油は米ぬかから絞ったものですが、米ぬかの中の油分は硬い殻のようなもの包まれていて、ガソリンなどに多く含まれるヘキサンを使って圧搾という方法で抽出をします。しかし、ヘキサンはガソリンの副産物のため、世界が新しいエネルギーに移行していく中で、もしかするとガソリンが手に入りづらくなり、ヘキサンが使えなくなってしまうということも起きるかもしれません。現在、ヘキサンなどの薬品を使わずに、さらに前処理の行程を減らして、より多くの油を採れるようにするための研究をしています。
普段は捨ててしまうようなものから私たちが日常に使うものが効率的につくられたり、リサイクルできれば、地球環境にもやさしく、さらに多くの方に安く届けることができます。化学工学を使ったイノベーションでは、サステイナブルな未来を目指して、さまざまな「もったいない」を解決することができるのです。
近年、世界中で「プラスチックを減らそう」、「再利用をしよう」という動きが活発ですが、私たちの研究室ではPETボトルを高効率で分解し、再利用可能なPETボトルに戻すという研究をしています。現在、PETボトルは回収された後、フリースなどの素材として再度利用可能となっていますが、これは回収されたPETボトルが飲料のためPETボトルとしての再び利用することが認められていないためです。ボトルに付着した飲料や他の物質を完全洗浄したとしても、飲料を入れるボトルとして清潔で安全であるということを証明することが難しいためです。
当研究室ではプラスチックの再生と再利用に超臨界技術で取り組んでいます。適切な温度、圧力や水の量を導き出すことにより、効率的に材料を分離し、取り出すことができます。素材によって異なる適切な温度と圧力、そして水などの溶媒の量を見極めることにより、材料は再生させることが可能になります。
このように、ものづくりにおいて廃棄とリサイクルは切っても切り離せない関係にあります。例えば、リチウムイオン電池はこれまでのバッテリーに変わる次世代電池として、スマホやドローン、パソコンなど様々な機器に使われていますが、使用済みの小型のリチウム電池は素材の回収のために多くが海外に輸出されてしまいます。これはリチウム電池から元素抽出ができる工場が日本国内にはまだそれほど多く存在していないためです。新しいものづくりをしたら、その後の廃棄、リサイクルなど付随する技術も合わせて確立させなくてはいけません。研究者として新しいものづくりをするだけでなく、様々な社会課題を解決するための研究にも取り組むことが重要です。
渡邉先生からのメッセージ
多くの研究者が長年に渡って様々な観点で取り組んできた研究結果がありますので、まず基本や過去を知ることが大切です。過去のデータを参考にして研究に励むことで、新たな発見をすることができるかもしれません。また、「知りたい!」「不思議!」と感じる好奇心を働かせることが未来を変えるような研究につながるかもしれません。
人に優しい化学工学を探究する
東北大学大学院工学研究科 化学工学専攻
化学工学は効率的な生産工場をつくったり、新しいものづくりの材料をつくったりと様々な活用方法がありますが、すでに私たちの身の回りにあるもの、例えば「農業」にも化学工学の力を活かすことができます。
東北大学がある宮城県を含む東北地方は農業が盛んですが、これまでは農業と化学工学の分野を積極的に連携した技術開発は加工の分野では事例が多くはありませんでした。
そこで農学と工学を繋ぐ【Agro-Engineering(アグロエンジニアリング)】という考えに基づき、研究者や農業・漁業に関わる企業により「一般社団法人アグロエンジニアリング協議会」が2017年に立ち上がり、私はフェロー委員長として参加しました。
私の役割としては、農作物を収穫したときの廃棄物や未利用物を有効利用するような化学工学技術があれば、廃棄処理量を減らせるだけでなく、脱炭素に貢献し社会に役立つ活用ができるかもしれません。
実際に海外では工学の力を活用しトマトをグラスハウスの中で育てることで、畑よりも10倍の収穫量を達成しています。また、食肉加工に応用し廃棄量を減らすことにも成功しています。
もちろん化学工学の力はすでに農作物に応用されており、例えば、超臨界二酸化炭素を使いコーヒーからカフェインを効率よく抽出することができます。皆さんも「デカフェコーヒー」というのを聞いたことがあるでしょうか?化学工学の力を使って、コーヒーに含まれるカフェインだけを取り除いたコーヒーのことです。
生の豆から「超臨界技術」でカフェインのみを取り除こうとするわけですが、実際にはコーヒー本来のうまみや香りなどコーヒーの魅力とされる部分も少なくなってしまうと言われています。私たちはこの技術のさらなる向上を目指して、研究を進めています。超臨界技術とは、気体と液体の中間のような性質をもたせることのできる温度、圧力条件で物質を流体に溶解させたり、分離させたりすることができる技術です。デカフェの場合、豆を水に浸し、水の含む量や温度に気をつけながら超臨界CO₂を使って効率よくカフェインだけを抽出すれば、おいしいカフェインレスのコーヒーができるはずです。
超臨界技術を使うとコーヒーからカフェインを抜く以外にもさまざまなイノベーションを起こすことができます。 例えば、柚子の皮から香りを抽出する従来通りの方法は水蒸気蒸留でしたが、この場合、皮の裏にある中果皮(アルベド)という白い部分を取り除く作業をしなくてはいけません。一方、超臨界CO₂を活用すれば、この処理をせずに香りを抽出することができ、さらに残ったカスもお菓子などに再利用することができますので廃棄もなくなります。超臨界の力を使うと、日本で古くから親しまれている柚子を最大限に活用できるのです。
他にも生活に身近なものに化学や工学の知識を活かすことで、もっと多くのブレイクスルーが起きるかもしれません。例えば、米油は米ぬかから絞ったものですが、米ぬかの中の油分は硬い殻のようなもの包まれていて、ガソリンなどに多く含まれるヘキサンを使って圧搾という方法で抽出をします。しかし、ヘキサンはガソリンの副産物のため、世界が新しいエネルギーに移行していく中で、もしかするとガソリンが手に入りづらくなり、ヘキサンが使えなくなってしまうということも起きるかもしれません。現在、ヘキサンなどの薬品を使わずに、さらに前処理の行程を減らして、より多くの油を採れるようにするための研究をしています。
普段は捨ててしまうようなものから私たちが日常に使うものが効率的につくられたり、リサイクルできれば、地球環境にもやさしく、さらに多くの方に安く届けることができます。化学工学を使ったイノベーションでは、サステイナブルな未来を目指して、さまざまな「もったいない」を解決することができるのです。
近年、世界中で「プラスチックを減らそう」、「再利用をしよう」という動きが活発ですが、私たちの研究室ではPETボトルを高効率で分解し、再利用可能なPETボトルに戻すという研究をしています。現在、PETボトルは回収された後、フリースなどの素材として再度利用可能となっていますが、これは回収されたPETボトルが飲料のためPETボトルとしての再び利用することが認められていないためです。ボトルに付着した飲料や他の物質を完全洗浄したとしても、飲料を入れるボトルとして清潔で安全であるということを証明することが難しいためです。
当研究室ではプラスチックの再生と再利用に超臨界技術で取り組んでいます。適切な温度、圧力や水の量を導き出すことにより、効率的に材料を分離し、取り出すことができます。素材によって異なる適切な温度と圧力、そして水などの溶媒の量を見極めることにより、材料は再生させることが可能になります。
このように、ものづくりにおいて廃棄とリサイクルは切っても切り離せない関係にあります。例えば、リチウムイオン電池はこれまでのバッテリーに変わる次世代電池として、スマホやドローン、パソコンなど様々な機器に使われていますが、使用済みの小型のリチウム電池は素材の回収のために多くが海外に輸出されてしまいます。これはリチウム電池から元素抽出ができる工場が日本国内にはまだそれほど多く存在していないためです。新しいものづくりをしたら、その後の廃棄、リサイクルなど付随する技術も合わせて確立させなくてはいけません。研究者として新しいものづくりをするだけでなく、様々な社会課題を解決するための研究にも取り組むことが重要です。
渡邉先生からのメッセージ
多くの研究者が長年に渡って様々な観点で取り組んできた研究結果がありますので、まず基本や過去を知ることが大切です。過去のデータを参考にして研究に励むことで、新たな発見をすることができるかもしれません。また、「知りたい!」「不思議!」と感じる好奇心を働かせることが未来を変えるような研究につながるかもしれません。